広がる感情労働 ~皆のこころを守るには~
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「お客様は神様です」という言葉があります。皆さんは、この言葉の本当の意味をご存じですか?サービス業の心構えの言葉だと思っている方も多いかもしれませんが、実は違います。
これは演歌歌手の三波春夫さんの言葉で、「芸を見せるお客様を喜ばせるために、まるで神様に対峙するときのように敬虔な心で向き合わなければいけない」という意味で使われたフレーズなのです。
それがいつのまにか、サービス業界の分野において「お客様を神様のように扱いなさい」「こびへつらいなさい」さらには「客なんだから神様のように扱え」といったクレーム的な使い方をされるようになってしまいました。
「感情労働」とは何なのか、その意味や、増加している経緯、どう向き合うと良いか、などについてご紹介します。
目次[非表示]
- 1.感情労働とは何か
- 2.広がっているワケ
- 2.1.①産業構造の変化
- 2.2.②顧客とのパワーバランスの変化
- 3.従事者への影響
- 4.どう向き合うべきか
- 4.1.感情労働の従事者の方へ
- 4.2.雇用主の方へ
- 4.3.顧客になる全ての人へ
- 5.まとめ
感情労働とは何か
感情労働とは、2010年の日本の論文によれば
「労働者が対人サービス労働を遂行するにあたり、顧客に適切な精神状態を呼び起こすことを目的に、公的に観察可能な身体的表現を作るために行われる、顧客に向けられる自身の感情を管理する労力」と定義されています。
もう少し簡単に言うと「お客様を良い気持ちにするために自身の感情を管理し、求められる在り方に合わせて振舞う労働」というところでしょうか。
以前は労働といえば、体を使う「肉体労働」と、頭を使う「頭脳労働」という分類がされており、感情労働は頭脳労働の一部でした。それが近年では、知識やアイデアに対して報酬が支払われる頭脳労働と、感情がその対象になる感情労働の間の違いが認識され、区別されるようになりました。
感情労働の特徴としては
・仕事が相手によって大きく左右されるため、事前に作業量の予測をしたり計画を立てたりすることが困難である。
・労働効率や能力・達成感などと作業の習熟度合いの結びつきがそれほど強くない。
といったことが挙げられます。
また、感情労働とされる職業の代表例としては、看護師や介護士などの対人援助職、コールセンタースタッフ、キャビンアテンダントやホテルマンなどのサービス業、秘書や広報担当などが挙げられます。
広がっているワケ
看護師が例に挙げられることからも分かるように、感情労働はかなり前から存在していました。それがなぜ、改めて注目されているのでしょうか?
その大きな原因として2つのことが挙げられます
①産業構造の変化
②顧客とのパワーバランスの変化
です。
それぞれについて詳しく見ていきましょう。
①産業構造の変化
私達の生活を支える産業には、直接自然に働きかける「第一次産業」(農業・林業など)、
原材料を加工して価値をつくる「第二次産業」、サービス生産活動を主体とする「第三次産業」といった分類があります。近年、特に第一次・第二次産業において、ロボットやAIなどによる労働力の代替が急速に進んでいます。これを受けて、内閣府政策統括官も「より専門性の高い職業や人間を相手にする職業等が今後より需要が高くなり、単純なルールベースの仕事はAIに置き換わっていく可能性が高い」と述べています。
ここから「人間は『人間だからできること』を」といった流れがあり、人の営みの最たるものである「感情」が仕事道具になった、と考えることができます。
②顧客とのパワーバランスの変化
以前は、顧客が消費活動を行う場所や機会は限られていました。相対的に顧客が弱かったわけです。それがネットショッピングや各種サービスの発展により、顧客は膨大な選択肢の中から自身がお金を払う対象を選択できるようになりました。また、SNSの発展により顧客たちは、不満を含めたサービスに対する感想を簡単に発信することができるようになりました。結果として顧客の力が非常に強くなりました。その影響は大きく、サービスを提供する側は客へのより素晴らしい対応を求められるようになったのです。
この影響による感情労働の拡大は、前述した代表的な職業に限られたものではありません。どの職業にも感情労働的な側面は存在し、その割合は今後、更に拡大していくと考えられます。
従事者への影響
感情労働を行う際には、本来様々に起こるはずの感情を管理すること(演技)が求められます。
自分の感情に関わらず望ましい振る舞いをする(=表層演技)ことは勿論、時には望ましい感情を心から感じるように自身の感じ方自体を変える(=深層演技)こともあります。
そのため、強い精神的な負担やストレスを感じ、またそれが勤務時間外でも残るケースも多いです。日常生活における「愛想笑い」なども感情労働と同じような影響を及ぼしますが、生活するために不可欠な仕事の場面において長時間行っていると、プライベートでも心が休まらない事態になっていくのです。これは、うつ病などの精神疾患のリスクを高めます。
また、感情労働との関連が強いものに「バーンアウト」があります。バーンアウトは「燃え尽き症候群」という言葉でも知られており、要求に応えようと努力し続けた結果、その要求の管理やそれへの努力が、ある時できなくなってしまった状態を指します。これは複合的なストレス反応だとされていて、その主な要因は次の3つです
・「情緒的消耗感」
・「脱人格化(顧客を無感情に扱うようになる)」
・「個人的達成感の低下」
感情労働においては、要求が複雑かつ特殊であり、またそれに応えることを美徳とされる傾向が特に強いです。そのため、バーンアウトのリスクが高いと考えられます。
このほかの影響として、「感じること」と「感じるべきこと」との乖離により、自分のオリジナルな感情や世界の見方が分からなくなる、といったことが考えられます。また,自身が上手く感情のコントロールができていないことに対し、「私は良い○○ではない」などと職業への自信を失って自責の念にかられる人もいます。
どう向き合うべきか
感情労働の範囲は今後も拡大すると予測されますが、ここまで見てきたように、従事する人のメンタルヘルスに大きな悪影響を与える恐れがあります。そのため、従事者のストレスを少しでも減らし、互いに気持ちよく過ごせるよう、一人一人が意識して行動しなくてはなりません。
では、具体的には何をしていけば良いのでしょうか?
感情労働の従事者の方へ
ご自身のオリジナルの感情に向き合う機会を意識的に作りましょう。
その際には自問自答などの直接的な営みだけでなく
・自然に触れて感情を呼び起こす
・自身の好きなことに没頭する
・無目的に行動に身を任せてみる
といった間接的な方法も試してみると良いでしょう。
また、感情労働の中には社会的に望ましいとされる行為も多く、周囲の人に愚痴をこぼしづらい面もあると思います。孤独な反すうは、メンタルヘルスに悪影響をもたらすことがほとんどです。自分が気持ちを吐き出せる人・場所・方法を見つけ、うまく発散しましょう。ノートに書くことも効果的です。
そして「労働が自分の存在価値を規定するわけではない」と意識することも大切です。
自身に合うセルフケア方法を、ぜひ見つけてください。
雇用主の方へ
雇用主の方には、感情労働従事者のメンタルヘルスに常に気を配り、適切な対応をしていくことが求められます。面談やストレスチェックの実施だけでなく、日常的な雑談などライトな関わりも通して、彼らが気持ちよくサービスを提供できるように努めましょう。
その際についやってしまいがちなのは、常に鼓舞する方向へもっていこうとすることです。これは彼らの感情を制限することになり本末転倒です。ネガティブな気持ちも含めて受容し、どうしていくかを丁寧に考えるよう注意してください。
顧客になる全ての人へ
日常生活のあらゆる場面で、私たちは感情労働に対して顧客側の立場で関わりますが、自身が顧客側にいると、サービスを提供してくれる相手に意識が向きづらくなります。すると、つい配慮が足りない行動に出たり、自身の感情をぶつけたりしてしまいます。
顧客の立場からも「相手は人として対等であり、無理をさせてはいけない」ということを常に意識し、思いやりの心を持った行動をするように心がけましょう。
まとめ
「感情労働」とは、顧客のために自身の感情を管理し、求められる在り方に合わせて振舞う労働のこと。
産業構造の変化や情報化社会の発展などにより感情労働は今後も拡大していくでしょう。
感情労働においては、要求が複雑かつ特殊であり、うつ病などの精神疾患のリスクを伴います。
感情労働のメカニズムやもたらす悪影響、対策などを理解し、それに従事する人だけでなく、雇用主、顧客の立場からも、適切な対応を心がけることが求められています。
全ての人が思いやりの心を持って対応することで、今後ますます増えていく感情労働と上手に付き合っていきましょう。
参考文献
阿部 宏之(2010). 感情労働論:理論をその可能性 季刊経済理論, 47(2), 64-76.
内閣府政策統括官(経済財政分析対応)(2018). 日本経済2017-2018 ―成長力強化に向けた課題と展望―